前橋飛行場メイン画像



現在製作中のドキュメンタリー映画
『陸軍前橋飛行場』について


群馬県には海港も空港もありません。ところが戦中の一時期、県の中央部・旧群馬町に飛行場がありました。飛行場建設が持ち上がったのが太平洋戦争のさなか1943年5月。「国家のために」と田畑が強制買収され、緊急に飛行兵を養成するための飛行場として開設されました。名称は陸軍前橋飛行場、地元では堤ヶ岡飛行場と呼んでいました。前橋と冠しているのに前橋市内の人ですら飛行場があったことを知らないのが実情です。

旧群馬町の教育長だった鈴木越夫さんは、3年前「陸軍前橋(堤ヶ岡)飛行場と戦時下に生きた青少年の体験記」を出版され、飛行場の周辺で暮らしていた若者たちの記憶を記録に残しました。飛行場の建設から廃止まで2年余りでしたが、建設作業には勤労動員で小学生から青年少女たちが駆り出され、さらに朝鮮人労働者や前橋刑務所の服役者まで動員されました。そして米軍艦載機による飛行場への空爆、前橋市街地の約8割が焦土と化したB29による焼夷弾爆撃、飛行場で最後の訓練に勤しむ特攻隊員と女学生たちの交流、そして敗戦。様々なドラマが生まれました。また近くに住んでいた住谷修さんは「村日記」と題して戦争の実態を克明に綴り、今も息子さんがその記録を後世に伝えるため整理保存を続けています。

戦争が終結して70年以上経ち戦争体験そのものが風化していきそうな今。
当時を生きた方々の証言、記録を、子どもたちに語り継ぎたく、このドキュメンタリー映画を製作中です。





NEWS

【クラウドファンディング 終了致しました!】
朝日新聞社<A-PORT>でのクラウドファンディングは、おかげ様で終了致しました。

★A-port『戦争遺跡!「陸軍前橋飛行場」のドキュメンタリー映画製作プロジェクト』:
https://a-port.asahi.com/projects/maebashi-hikojo/